【ポグロム】ロシア帝国でのユダヤ人迫害について解説!

こんにちは!歴史ワールド管理人のふみこです。

今回は、19世紀末から20世紀前半のロシア帝国で発生した市民によるユダヤ人迫害、「ポグロム」について解説します。

ユダヤ人迫害と聞くと、ナチスによる「ホロコースト」を思い浮かべる人が多いと思います。「ホロコースト」は、史上最大規模のユダヤ人迫害です。そして、2番目に大きい規模だったのが「ポグロム」です。

反ユダヤ主義を掲げるヒトラー及びナチスドイツ政府主導で行われた「ホロコースト」と異なり、「ポグロム」はロシア帝国に住むユダヤ人以外の市民たち主導で行われます。帝国政府は傍観しているだけでした。

では、なぜ市民たちは大規模なユダヤ人迫害を行うほどユダヤ人を憎んでいたのでしょうか?

この記事では、「ポグロム」について徹底的に解説します。

目次

ポグロムとは

「ポグロム」とは「破壊」を意味するロシア語であり、民衆間の集団暴力のことをいいます。被害者の大半はユダヤ人だったため、ユダヤ人に対する集団暴力を指す言葉として用いられます。

民衆自らが計画的、組織的に行っており、帝国政府は加勢まではしないものの傍観し、積極的に止めることはありませんでした。その結果、ユダヤ人に対する暴力、略奪、強姦、家屋や商店の破壊、時には殺害までもが行われます。

小規模で局所的なポグロムは何度も発生しますが、中でも大規模で被害者の多かったのが1881年の皇帝アレクサンドル2世暗殺事件をきっかけとしたポグロム、1918年からのロシア内戦期のポグロム、そして1941年からの独ソ戦期のホロコーストに関連したポグロムの3つです。

皇帝アレクサンドル2世暗殺事件をきっかけとしたポグロム

アレクサンドル2世(出典:wikipedia)

1881年3月13日、ロシア皇帝アレクサンドル2世が暗殺されると、反ユダヤ主義者はこれをユダヤ人の犯行と決めつけ、ユダヤ人が首謀者という噂を流します。すると、ウクライナ南部でポグロムが発生し、各地に拡大していきます。本当の犯人は帝政打倒と社会主義をスローガンに掲げたナロードニキの秘密結社の過激派「人民の意志」メンバーでした。ウクライナ南部は、ロシア帝国が重工業化政策を敷いていた地域であり、農村出身の労働者が多く暮らしていました。ポーランド時代からの「ユダヤ人=貴族の手先、農民の搾取者」という偏見が強く存在していたことと、不作による不況も要因です。このポグロムは1882年までの1年近くも続き、ユダヤ人の死亡者は40人以上でした。

ロシア内戦期のポグロム

1905年ポグロムで犠牲になった子どもたち(出典:wikipedia)

1918年から1921年のロシア内戦期のポグロムは、政府が消滅していたことや社会の混乱もあり、桁違いの規模に拡大します。正確な数字は分かっていませんが、50万人以上のユダヤ人が死亡したとされます。中心地はまたウクライナでした。ウクライナでは赤軍と白軍だけでなくウクライナ民族主義者という第三勢力を加えて三つ巴の戦いとなっており、ウクライナ民族主義者はユダヤ人を白軍(帝政ロシア)や赤軍(ボリシェヴィキ)の手先と決めつけ、攻撃します。ユダヤ人は中立的な立場を取ることが多かったため、ウクライナ独立に協力しない勢力として敵対心を持たれたのです。さらに、組織的に武装している白軍や赤軍と違い、ユダヤ人は組織的に武装していないので攻撃しやすかったことも要因です。内戦期のポグロムはウクライナ民族主義者によるものが最も多く、次いで白軍によるものです。最も少なかったのが赤軍でした。共産主義者(ボリシェヴィキ)は反ユダヤ主義をブルジョワが作り上げた民衆の目を逸らすためのまやかしだと考え、反ユダヤ主義を禁止していたためです。そのため、ユダヤ人はボリシェヴィキに味方します。ポグロムで親兄弟を殺された恨みを、赤軍に入隊して晴らそうとするユダヤ人もいました。

第二次世界大戦期のホロコーストに関連したポグロム

1941年、リヴィウのポグロムで逃げるユダヤ人女性(出典:wikipedia)

第二次世界大戦期、1941〜1945年の独ソ戦では、主にドイツとソ連に挟まれたポーランドやウクライナなどの東欧でポグロムが発生します。もちろん、この時期のユダヤ人犠牲者の大半はナチスドイツ主導のホロコーストによるものです。しかし、中には地元住民主導によるユダヤ人殺害が行われたことや、地元住民が積極的にナチスに協力してホロコーストに加担したこともありました。ユダヤ人がソ連及び共産主義者の味方だったことが大きな要因です。ポーランド人やウクライナ人にはナチスドイツよりソ連を嫌っている者も多く、ソ連の支配から脱するためにドイツ軍に協力したのです。正確な数字は分かっていませんが、独ソ戦の時期には5万人以上のユダヤ人が殺害されたとされています。

ポグロムとシオニズム

ポグロムで迫害されたユダヤ人の中には西欧やアメリカ合衆国へ移住する者も多く現れますが、かつての故郷パレスチナにユダヤ人国家を建国する思想・運動を始める者もいました。これは「シオニズム」と呼ばれます。ロシア帝国に住むユダヤ人の一部は、パレスチナに移住を始めます。

屋根の上のバイオリン弾き

ロシア帝国領のウクライナに住むユダヤ人の生活を舞台とした映画『屋根の上のバイオリン弾き』のストーリーの背景になったのも、この「ポグロム」です。

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