こんにちは!歴史ワールド管理人のふみこです。
今回は、1935年9月15日にナチスドイツで制定されたユダヤ人の公民権を奪う人種差別法、「ニュルンベルク法」について解説します。
ユダヤ人は公職から追放、公民権を失い、ドイツ国民ではなくドイツ領内に住む外国人という身分にされます。それだけでなく、公共施設への出入りも禁止され、ドイツ人の血を守るためにドイツ人との結婚が禁止されます。ユダヤ人の人権を奪う法律です。
この記事では、「ニュルンベルク法」を分かりやすく解説します。
ニュルンベルク法が制定された頃の時代背景
世界の状況
-1-1024x512.jpeg)
1929年にアメリカから始まった世界恐慌は瞬く間にソ連を除く世界中に広がり、世界中が深刻な不況となってしまいます。広大な国土を持つアメリカ、植民地を多く持つイギリス・フランスは資源と市場が豊富なためブロック経済を構築して不況に対処しますが、ドイツ・イタリア・日本など植民地が少ない国は資源と市場を求め、対外進出を始めます。これらの国ではナショナリズムが強調され、国の利益が優先されて個人の人権や自由が制限される、ファシズムが台頭していきます。
第二次世界大戦勃発の4年前、世界恐慌による不況からファシズム諸国の台頭し始めたのが、ニュルンベルク法が制定された当時の世界の状況です。
-1-300x150.jpeg)
ナチス台頭とヒトラー政権成立
第一次世界大戦で敗戦したドイツは、ヴェルサイユ条約により、領土の一部と植民地の全てを失い、多額の賠償金を課せられていました。1929年からの世界恐慌でも最もダメージを受け、ドイツ経済は深刻な不況となります。そんな中、ドイツに多額の賠償金を課すヴェルサイユ体制への不満が高まります。すると、ヴェルサイユ体制の打倒を目指す、ヒトラー率いるナチス(国民社会主義ドイツ労働者党)が国民の支持を集め、1933年に政権を獲得します。
ドイツ首相となったヒトラーは、独裁体制を作り上げます。1933年2月27日に国会議事堂放火事件が起きると、共産党員の仕業と決めつけ共産党を弾圧します。さらに3月には全権委任法を制定し、ヒトラー内閣は議会の議決を経ずに法律を制定することができるようになります。そして7月までにナチ党以外の政党は解散させられ、ナチ党の一党独裁体制が成立します。1934年8月2日にヒンデンブルク大統領が死去すると、ヒトラーは大統領職と首相職を兼ね、「総統」となります。
ヒトラーと反ユダヤ主義
20世紀初頭の多民族国家オーストリア=ハンガリー帝国の首都ウィーンでは、各民族の民族運動に脅かされていた支配階級ドイツ人の間で、ドイツ人の民族的優位を主張する考えが広まっていました。ここで青年時代を過ごしたアドルフ・ヒトラーもその影響を強く受け、ドイツ人を含むゲルマン民族などのアーリア人種が最も優れた人種であり、ユダヤ人が最も劣っている、という思想を持ちます。明らかに偏った思想ですが、経済的成功者の多いユダヤ人によるユダヤ資本の支配に反発する民衆が多かったことと、第一次世界大戦の敗因をユダヤ人の裏切りだとする考えが広まっていたため、ヒトラーの反ユダヤ政策もドイツ国民の絶大な支持を得ます。

ニュルンベルク法
政権を獲得したヒトラーがまず行ったユダヤ人排斥政策がこの「ニュルンベルク法」です。1935年9月15日に制定されます。中身は「帝国市民法」「ドイツ人の血と名誉を守るための法律」の2つからなります。
帝国市民法
ドイツ国民を「帝国市民」と「ドイツ国籍所有者」に明確に区別する法律です。「帝国市民」だけが公職に就くことができ、選挙権を持ちます。「ドイツ国籍所有者」は政治的権利を持たず、ドイツに住む外国人という扱いです。この法律は、主にドイツ人とユダヤ人を明確に区別するもので、ユダヤ人の公民権を奪うためのものでした。
そこで問題になってくるのが混血です。混血の全てをユダヤ人とする場合、合計150万人となり、これらを公職から排除するとドイツ軍の人数が減ることになります。そのため、以下のように規定されました。
4人の祖父母のうち3人がユダヤ教共同体に所属している場合は「ユダヤ人」
4人の祖父母のうち2人がユダヤ教共同体に所属している場合は以下のように分類
本法公布日以降に本人がユダヤ教共同体に所属したりユダヤ人と結婚したら「ユダヤ人」
それ以外の者は第1級混血(法的には「ドイツ人」)
4人の祖父母のうち1人がユダヤ教共同体に所属している場合は第2級混血(法的には「ドイツ人」)
ニュルンベルク法で「ユダヤ人」とされた者は77万5000人でした。そのうちユダヤ教徒は47万5000人、非ユダヤ教徒は30万人です。第1級混血と第2級混血の合計は75万人です。混血はユダヤ人ほどではないにせよ差別されましたが、ヒトラーは混血は数世代かけてドイツ人に同化させようと考えていました。当時のドイツの人口は約6800万人です。
ドイツ人の血と名誉を守るための法律
ドイツ人の純血を守るための法律です。ドイツ人とユダヤ人の婚姻や性交渉を禁止します。これ以上混血を増やさないことが目的です。違反した場合は重労働が課されます。
ニュルンベルク法の影響
ニュルンベルク法制定後、ユダヤ人迫害が強化されます。あちこちのお店に「ユダヤ人お断り」の看板がかけられるようになり、ユダヤ人は公園やプールなどの公共施設への立ち入りも禁止されます。ベンチはアーリア人とユダヤ人で分けられます。ユダヤ人の企業経営が禁止され、ユダヤ人医師はユダヤ人以外を診察することが禁止され、ユダヤ人弁護士は活動を禁止されます。ユダヤ人はドイツで暮らしていくことが難しくなり、国外へ移住するユダヤ人が多くなります。この時期のヒトラーはまだユダヤ人をドイツ国外に追放すればそれで良いと考えていました。しかし、ニュルンベルク法はさらなるユダヤ人排斥政策の前触れに過ぎませんでした。
